大阪高等裁判所 昭和48年(う)1766号 判決 1976年3月23日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人徳永豪男作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。
控訴趣意中法令適用の誤ないし事実誤認の主張について
論旨は、原判決は被告人が昭和四七年八月から同年一〇月までの三か月間に合計八八万八、〇〇〇リツトルの揮発油を製造場から移出したのに、その事実を帳簿に記載しない等の方法でこれを隠匿し、所轄税務署長に申告書を提出せず、もつて不正の行為により揮発油税合計二、一二五万四、七二四円および地方道路税合計三八四万八、五九二円を免れた事実を認定し、揮発油税法二七条一項一号、二項、地方道路税法一五条一項一号、二項を適用しているが、(一)被告人は道路上その他にタンクローリー車を置いて、すでに揮発油税、地方道路税の課せられた揮発油合計六一万リツトルに非課税の石油製品であるトルオール、ノルマルヘキサン、アロマチツクナフサナンバー2合計二七万八、〇〇〇リツトルを混和し、八八万八、〇〇〇リツトルにしたのにすぎず、あらたに揮発油を製造したのではない。(二)もし右行為が揮発油の製造にあたるとしても、八八万八、〇〇〇リツトルの移出全量に対し両税を課することは、すでに課税済みの六一万リツトルにつき両税を二重に課することになり、憲法三〇条の租税法律主義に違反し、二重課税禁止の原則にも違反する。(三)被告人は両税に関する申告手続等を知らなかつたのであるから、右六一万リツトル分にまで課税することは、憲法三一条の適正手続の保障に違反する。原判決はこれらの点で法令の解釈適用を誤り、ひいて逋脱税額につき事実を誤認したものである。(四)また、被告人は前記溶剤の混和による増量分については格別、すでに課税済みの揮発油六一万リツトルについてさらに課税されるとは考えていなかつたのであり、八八万八、〇〇〇リツトル全部についての脱税の犯意、違法性の認識あるいはその認識の可能性はない。原判決はこの点で事実を誤認したものであるというのである。
所論にかんがみ記録を精査し、当審における事実取調の結果をも参酌して案ずるに、所論の(一)につき、揮発油税法および地方道路税法上揮発油の製造とは、揮発油を造り出すすべての行為を指称するものと解せられ、原判決挙示の証拠によると被告人は原判示の日時頃原判示の場所の路上またはモータープール内にタンクローリー車を置き、これを利用して課税済の揮発油に非課税の炭化水素であるノルマルヘキサン、トルオール、アロマチツクナフサナンバー2を揮発油六五%にノルマルヘキサン一〇%、トルオール五%、アロマチツクナフサナンバー2二〇%、または揮発油七〇%にトルオール三〇%の割合で混和して揮発油税法二条の要件をみたすあらたな揮発油統計八八万八、〇〇〇リツトルとしたことを認めることができ、右行為は右両税法上揮発油の製造にあたるというべきである。
もつとも、揮発油税法六条は「揮発油に炭化水素以外の物(その性状及び用途が揮発油に類するものに限る。以下この条において同じ。)としたときは、当該混和を製造とみなし、当該揮発油以外の物を揮発油とみなす。」と規定しており、これによると、混和は当該の場合に限り製造とみなされ、その他の場合の混和は製造にあたらないと解されなくもないが、さらに同法五条一項本文によると、「揮発油の製造場において揮発油が消費される場合(新たな揮発油を製造するために消費される場合を除く。以下次項において同じ。)には、当該製造者がその消費のときに当該揮発油をその製造場から移出したものとみなす。」と規定しており、右の「新たな揮発油を製造するために消費される場合」とは、当然揮発油と揮発油、または揮発油と非揮発油との混和を含むものと考えられることからすると、同法六条の趣旨は、当該の混和によりその性状および用途が揮発油に類するものとしたときは、納税義務の適正な実現を期するため、当該混和を揮発油の製造とみなすことによつて、揮発油と同様これを課税の対象としたものとみるのが相当であるから、一般に、混和の方法により揮発油を造り出すことが揮発油の製造にあたらないことを前提とした規定であるとは解せられないのである。
所論の(二)につき、憲法三〇条、八四条の定める租税法律主義は、租税の種類、根拠のほか納税義務者、課税物件、課税標準、税率等の課税要件はすべて法律の形式によつて定めなければならない趣旨のものであるから、これらの要件が法律により定められている以上、その法律が憲法上の租税法律主義に違反するということはできない。
さらに、所論は、本件課税対象には課税済の揮発油が含まれており、この分量に対してさらに課税することは二重課税禁止の法理に反すると主張するのであるが、揮発油税法一〇条一項、同法施行令三条、地方道路税法七条一項によると、揮発油の製造者は、その製造場ごとに、毎月、その月中において当該製造場から移出した揮発油の数量、税額等を記載した申告書を翌月末日までに、その製造場の所在地の所轄税務署長に提出すべく、これによつて両税額が確定することになるが、さらに揮発油税法一四条、同法施行令五条の二の二項、同法施行規則三条によると、揮発油の製造者が揮発油の原料とするための揮発油をその製造場へ移入するため他の製造場から移出する場合には、右原料揮発油の移出をした製造者において、当該揮発油の移入をする者が作成した証明書を添付して所定の申告手続をとることにより、当該移出にかかる揮発油税を免除され、また地方道路税法六条によると右揮発油税を免除するときは当該免除に係る揮発油に係る地方道路税を免除され、二重課税となることを避ける方途が設けられているのである。しかるに被告人は敢えて右手続をとらず、市販の課税済の揮発油を購入し、これを原料として本件揮発油を製造し移出したのであるから、その全量に対し課税されてもやむをえないのである。
所論の(三)につき、憲法三一条の適正手続の保障は、これを刑罰に関する手続に限定しない立場をとるとしても、その手続を法律によつて定めるべきことを明らかにしているのにとどまり、かりに納税者が法律に定められた納税手続を知らなかつたとしても、そのことが右適正手続の保障に違反するということはできない。
以上のとおりであるから、原判決が被告人の所為に対し揮発油税法二七条一項一号、二項、地方道路税法一五条一項一号、二項を適用したことについて法令解釈適用の誤りはなく、ひいて被告人の製造場からの移出量全部を対象として逋脱税額を算出認定したことについて事実誤認も存しない。
さらに所論の(四)につき、被告人は自己の製造にかかる揮発油八八万八、〇〇〇リツトルの製造場からの移出の事実を認識し、脱税のため右製造、移出の事実を全部秘匿する目的でこれを帳簿に記載せず、原料仕入先の納品書等を破棄し、納税申告書を提出しない等原判示の行為をしたものであり、租税逋脱犯を構成する事実の認識に欠けるところはない。そして被告人が右移出にかかる揮発油の原料となつた揮発油については課税されないと考えていたとしても、結局法令の不知であり、事実の錯誤として故意を阻却するものではない。なお所論中、被告人は前示未納税移出の手続を知らなかつたという点もまた単なる法令の不知の主張であり、これにより納税義務を免れるものでないことは多言を要しないところである。
以上のとおりであるから、論旨はいずれも理由がない。
控訴趣意中量刑不当の主張について
所論にかんがみ記録を精査して案ずるに、本件は被告人が昭和四七年八月以降三か月間に八八万八、〇〇〇リツトルの揮発油を製造場から移出したのに、移出の事実を帳簿に記載せず、原料仕入先の納品書を破棄し、架空名義で製品を販売するなどの不正の行為によりその移出の全部を秘匿して納税申告ををせず、本件両税合計二、五〇〇万円以上を免れた事案であり、その犯行の態様、期間、回数、逋脱税額、税額の全部を逋脱したものであること等に照らしてその刑事責任は重く、右のうち六一万リツトルについては、その移出者において一たん両税を負担したものであること、犯行の動機、資産、家族の状況その他所論の諸点を十分検討しても、被告人に対する原判決の刑が重すぎるとは考えられない。論旨は理由がない(なお職権をもつて案ずるに、原判決は、被告人が(一)昭和四七年八月中に大阪市此花区内の製造場から、(二)同年九月中に同市西淀川区内の製造場から、(三)同年一〇月中に同製造場から、(四)同月中に大阪府門真市内の製造場からそれぞれ揮発油を移出したことを秘匿して税を免れた行為を、揮発油税法違反の包括一罪および地方道路税法違反の包括一罪とし、これらを刑法四五条前段の併合罪としたのであるが、前示のとおり、本件両税はその製造場ごとに、毎月移出量等を申告して納付すべきいわゆる月税であるから、その逋脱は、無申告による場合にも製造場および月ごとに一罪を構成し、逋脱が数か月にわたる場合はこれらが併合罪となると解するのが相当であり、右(一)ないし(四)は揮発油税法および地方道路税法違反の各四個、計八個の併合罪である。原判決はこの点で法令の適用を誤つたものであるが、法令を正当に適用した場合にも、その処断刑の範囲は原判決と同一であり、原判決と異なる判決をすべき蓋然性があるとはいえず、右の誤が判決に影響を及ぼすことが明らかであるとはいえない)。
よつて、刑事訴訟法三九六条により主文のとおり判決する。
(藤原啓一郎 野間禮二 加藤光康)